親子の役割が逆転した家族で育った人の、報われない悲しみについて

探偵ナイトスクープのある放送回が
思いがけず大きな反響を呼びました。
詳しい内容に触れなくても
あの話題を目にして
なんとなく心がざわついた方が
いるかもしれません。
私自身も、そのひとりでした。
この炎上に関して
綴られたブログ記事の中に
家族の中で
命に関わる出来事が起きていたことが
ほとんど説明のないまま書かれていた
一文がありました。
その一行を読んだ瞬間
胸が、ぎゅっと締めつけられるような
感覚がありました。
ショック、というよりも
静かな痛みを抱えたまま
その場に留まっているような感覚でした。
その文章の書き手は
感情をぶつけるような書き方を
していたわけではありません。
むしろ
親の不合理さや、家族の構造について、
淡々と語られているようにも見えました。
けれど私は、
そこに書かれていないものの
存在を強く感じました。
自分は悪くない。
それは、頭では分かっている。
それでも。
自分が家を離れたあとに
残された家族の中で起きた出来事を思うと
胸の奥に、割り切れない何かが残る。
あのとき
もっと何かできたのではないか。
そんな問いが
何度も、何度も浮かんでは消えていく。
それは、
「不合理な罪悪感」と
呼ばれるものかもしれません。
親子の役割が
いつのまにか逆転している家族では
子どもが
家族の空気を読む役割を担いがちです。
親の機嫌を察し
場を保ち
誰かが傷つかないように先回りする。
そうして育った人ほど
家族の中で起きた出来事を
どこかで「自分の責任」と
感じてしまうことがあります。
たとえ
それが子どもの力では
どうにもできないことであっても。
親を大切にしたい。
嫌いになりたいわけじゃない。
できることなら
感謝もしたいし
穏やかな関係でいたい。
それなのに
なぜか心が苦しい。
優しくできなかった夜。
距離を取ってしまった自分への後悔。
苦しんでいる兄弟姉妹を
助けられなかったと感じた日の無力感。
そうした思いが重なると
「私だけが、
普通に生きていていいのだろうか」
そんな感覚に襲われることも
あるかもしれません。
ここで
ひとつ大切なことを
お伝えしたいと思います。
その罪悪感は
あなたが冷たいから
生まれたものではありません。
むしろ
大切にしたい気持ちがあったからこそ、
形を変えて残っているものです。
だからといって
その罪悪感を使って
自分を責め続ける必要はありません。
あなたが背負うには
あまりにも重たいものだからです。
この記事は
親を断罪するためのものではありません。
「だから親から離れなさい」と
勧めたいわけでもありません。
ただ
親の行動や、家族の構造によって、
子どもが苦しくなってしまうことがある。
その事実から
目をそらさずにいたいのです。
そして、
その中で生き延びてきたあなたが、
知らないうちに
背負ってきたものがあることを、
そっと照らしたいと思っています。
もし今
自分を責めていることに気づいたら、
ほんの一瞬でいいので
立ち止まってみてください。
「また責めているな」と気づいたら、
それ以上、追い打ちをかけなくていい。
それだけで、
心は少し、休むことができます。
報われなかった悲しみがあったこと。
得られなかった体験があったこと。
それらは、
なかったことにしなくていい。
あなたが苦しくなる理由は、
ちゃんと、あったのです。
今日はここまで読んでくださって、
ありがとうございました。
この文章が、
自分を責める流れから、
ほんの少し降りるきっかけになれば、
それで十分だと思っています。
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