『私はダメな人間』『私はクズだ』
そんな苦しい想いの始まりは・・

【良いおっぱい】と【悪いおっぱい】
を巡る
カットウかもよ・・・

~*~*~*~*~*~*~*~*~*

 

『私は役に立たない』『生きる価値がない』、

『私はダメな人間』『私はクズだ』

そんな想いが消えないんです・・

 

クライアントさんから、

そのようなお悩みを

お聴きすることがあります。

 

むっちゃ自分を責めてる

根底に、深~~い 罪悪感

 

ふりかえると・・
私にもありました

セラピーを学び始めたころ、

こんな絵を描いていたんです。

 

自分で自分を刺してる

 

こんなこともありました。

セッション中、無意識に

私は自分の右手で左腕をぶち始めて・・

 

それを見て

『ダメよ。たたくならこれを叩いて!』

と、そっと クッションを

差し出してくれたセラピストさん。

あのシーンはずっと、忘れられません。

 

 

さて今日は、

『私はダメな人間』『私はクズだ』と

自分を責めて苦しんでいる人に、

落っこちてしまった
深い罪悪感の穴から出る

というか・・

*そんな【自分専用の穴】
なかった!

と気づいてもらいたいと思います。

 

 

罪悪感について私が思うのは・・

みんなたいして、
変わらんで~!

ってこと。

 

そして

罪悪感ってそもそも、

赤ちゃんの頃に抱えた葛藤でもあり、

生きていたら避けらないってこと。

 

何故そう思うかというと

【良いおっぱい】と【悪いおっぱい】

の話を知って、腑に落ちたからです。

 

で・・・

【良いおっぱい】と
【悪いおっぱい】って何?
って話ですが・・

 

赤ちゃんが、生まれて間もないころ

赤ちゃんの内的世界は混沌としています。

 

目ははっきり見えていないし、

色とボンヤリした形など、

断片的なイメージで世界を認識しています。

 

だから、赤ちゃんにとって

母親ってこれなんです。

二重丸・・じゃなくて、おっぱいね。

お母さんの顔じゃなく、

この形や、色や、手触りや、匂いで認識してる。

 

おっぱいは

栄養をくれて自分を生かしてくれ

安心感を与えてくれるもの

生きるのに不可欠で大好きなもの

 

だけど、同時に赤ちゃんは

飢えや、身体の痛み、不快感などの

苦痛も感じます。

 

例えば、お母さんのおっぱいが

思うように出ない時・・

 

赤ちゃんにとって飢えはキョウレツです。

耐えられない、

自分が壊れてバラバラになるほどの

苦痛として感じられる。

 

 

そう・・

赤ちゃんの世界は、

2種類のおっぱいから始まるのかも!

【良いおっぱい】と【悪いおっぱい】

 

【悪いおっぱい】はとてもコワいものです。

だから、自然な流れとして赤ちゃんは

【悪いおっぱい】を排除しようとする。

 

【悪いおっぱい】を

容赦なく破壊し、傷つけ、壊し、潰そう

する。

こんなもの要らない!出ていけ!!

勧善懲悪の世界です。

 

 

だけどね・・

ある時気づくんです。

【良いおっぱい】と【悪いおっぱい】は

同じ一人の母親のものだってことに・・

 

 

そして、混乱する。

良いものでもあり、悪いものでもある。

グレーな部分。モヤモヤがわく。

 

そして、

良いものを排除しようとした自分を

責める。深~~い罪悪感が生まれる

 

これが、私たちが抱く最初の罪悪感。

 

 

ここで罪悪感について
私が思うポイントを
3つ書いてみます。

 

①罪悪感は生きていたら避けられない。

さっきの
【良いおっぱい】と【悪いおっぱい】の話。

赤ちゃんには避けようがないですよね。

赤ちゃんが悪いわけじゃありません。

さらに、まだ避けられない
罪悪感はありますよ。

私たちは、動物や植物など、
生き物の命を頂いて生きています。

そういう意味でも、肉体に宿っている限り
私たちの心の痛みや罪悪感は避けられません。

もう1つ避けられない
ビッグなことがあると思います。

それは・・出産。

私たちは母の出産の苦しみや、
昔なら命の危険と隣り合わせの
母親の犠牲があって生まれてきました。

こんな風に、もう最初から、
私たちは申し訳ない想いが
運命づけられているって思います。

 

 

②儚さの美学はもういいんじゃない?

母親の自己犠牲について
思いを巡らせていて思うこと・・

それは・・

日本人はとくに、
母性に儚さをくっつけて美化する文化
あるなって思います。

ちょっとわかりにくいですか?

鶴の恩返しの話を思い出して下さい。

 

自分の羽をむしって(自己犠牲で)
美しい機を織る鶴(おつう)
その姿を、与ひょうに見られて・・
『みましたね・・』と言って
おつうは潔く月に帰っていく。

日本人の好きな昔話です。

 

おつうが帰った 月って、きっと
・・・あの世ですよね。

 

自ら自己犠牲を選び、
潔く死んでいく。

そのことに、儚い美しさを感じる

 

でもね・・
これを続けるのって大変です。

自己犠牲の連鎖が終わらない。
今となっては時代的に
合わなくなってると私は感じます。

 

自己犠牲って、そんなとこで
使うもんじゃないと思うんですよね。

そういう自己犠牲じゃなくて・・例えば
幼虫がさなぎになり中身がドロドロに溶ける
それは、いのちの理に従った自己犠牲。
新しいもの(蝶)が生まれて有意義ですよね。

死だってそう。
(もちろん生を全うした上でね)
死んで、身体の構成成分が元素に分解され、
それが組み合わさって新しいものが生まれる。

みんな平等に・・循環してる

 

 

③感情や体感覚的な処理が必要

色々書いてきましたが、
それでも『罪悪感が消えません』って
人もいると思います。

罪悪感って万人に課せられたものだから
痛みも犠牲も、
命に織り込まれたものとして
引き受けるしかないんだと思う。

 

だから、もうね、頭の理解を超えて・・

いっぱい泣いて、

痛がって、

怖がりながら

・・だんだん受け入れていく

 

そんな感情や感覚的なプロセスが

必要って思います。

(良かったらセッション使ってね)

 

 

ということで今日は罪悪感について

みんなたいして、
変わらんで~!
(同罪) 
ってこと。と

 

罪悪感ってそもそも、

赤ちゃんの頃に抱えた葛藤でもあり、

生きていたら避けらない

ってこと。

をお伝えしました。

 

 

今日の記事で

『私はダメな人間』、『私はクズだ』と

自分を責めて苦しんでいる人に、

そんな【自分専用の罪悪感】

はなかった!

と気づいてもらえたら嬉しいです。

 

 

そして、最後にもう1歩、

歩き出してもらうために・・

 

『私はダメな人間』、『私はクズだ』と

思うってことは、

あなたは【役に立ちたい】

思ってるってことですよね?

 

【役に立ちたい】のに、

『私はダメな人間』『役に立たない』と思う、

その考えは本当に役に立たないです。

 

で、質問です。

 

あなたはどんな風に、
この社会や宇宙に
役に立ちたい
ですか?

 

小さなことでいいと思うの。

是非自分に問いかけてみてくださいね!

 

今日も読んでくれてThank you!

 

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